辰吉丈一郎

辰吉丈一郎

■辰吉丈一郎(たつよし じょういちろう)

 

□肩書き

 プロボクサー WBC世界バンタム級チャンピオン

 

□本名

 辰吉丈一郎

 

□生年

 1970(昭和45)05.15(牡牛座/B型)

 

□出身地

 岡山県倉敷市児島

 

□出身校

 味野中学校卒業

 

□略歴(満年齢)

 91年(21歳)WBC世界バンタム級タイトルを獲得(→初防衛に失敗)。

 97年(27歳)WBC世界バンタム級タイトルを獲得(→2回防衛)

 ※通算戦績(09.03.08現在):

  28戦20勝(14KO)7敗1分

 

□サイズ

 163㎝

 

□特記事項

・長男は辰吉寿希也

・次男は辰吉寿以輝

・プロ8戦目で世界王者(当時の日本最速)


■辰吉丈一郎

 

□幼少時代〜

・1歳の頃、両親が離婚して父親にひきとられた。

・子供の頃、身体が弱かった。よく風邪をひいた。よく発熱した。

・父親がパート勤めをして男手ひとつで育ててくれた。毎朝卵焼きを焼いてくれた。

 父親は食べ盛りの辰吉に腹いっぱい食べさせる為に空腹を酒でごまかしていた。

・小学校時代、父親にグローブ、サンドバック等を与えられて自宅でボクシングの練習を始めた。

・小学校時代、どんなに熱があっても昼時には給食のために学校へ行った。

・小学校時代、担任に提出する毎日の日記には父親のことばかりが書いた。

・小学校〜中学時代、1日も学校を休まなかった。

   授業中は邪魔にならないように静かにマンガかバイクの本を読んでいた。

・中学時代、毎晩21:00から父親と一緒にトレーニングをした。

・中学時代、売られたケンカは必ず買った。

 父親をバカにされて激昂して相手の家の玄関を壊して中に花火を投げ込んだ。

・中学時代、弱い者いじめはしなかった。

・中学時代、ひょうきんな性格でクラスの人気者だった。

・中学時代、不良だった。

 改造バイクに乗っていた。不良仲間とタバコ、シンナー、ギャンブルに手を出した。

 仲間を家に連れてくると父親が酒とタバコを出してくれた。

・中学時代、父親に「何でもいいから一番になれ」と言われてテストを全部白紙で出した。

・14歳の時、年上の女性に夜這いをかけてセックスを初体験。


■辰吉丈一郎

 

□私生活

・好物…卵焼き。冷飯。 

・網膜裂孔の手術を受けた(=91年)。

・炊事、洗濯、掃除を全てやる。毎日子供に朝食を作った。

・ボクシングで練習する以外の時はほとんど家にいる。

・いきつけ…大衆食堂「かどや」。

・自分でお金を管理する。

・父親がが出血性胃潰瘍で他界(=99年)。


■辰吉丈一郎

 

□人間関係

・鬼塚勝也、ピューマ渡久地…売り出しの頃に3人で「平成三羽ガラス」と呼ばれた。

・薬師寺保栄…同時期にデビューしたライバル。唯一の対戦で薬師寺が判定勝利。

・坂本博之…朝まで技術論を戦わせた。

・諸星和己…辰吉のテーマを作曲。

・依田先生…中学時代の担任。本格的にボクシングをするようにすすめてくれた。

・鈴木隆行(プロサッカー選手)…辰吉の大ファン。

 薬師寺戦で辰吉が負けた時に悔しくていてもたってもいられなくて夜中に外を走った。

・岸本加世子…辰吉の大ファン。試合を観に行って椅子の上に立って熱狂的に応援。

・鈴木紗理奈…辰吉の大ファン。

 初めて会った時に鈴木に「芸能界を引退するから結婚して」と言われた。

・畑山隆則…辰吉のファン。高2の時に辰吉の試合を見てボクシングをやる気になった。

・松本人志、藤原竜也、神尾米…辰吉のファン。

・徳丸るみ…91.07.12入籍。年上。

・子供:

 長男…辰吉寿希也。92.01.15誕生。プロボクサー。

 次男…辰吉寿以輝。96.08.03誕生。プロボクサー。


■辰吉丈一郎

 

□エピソードなど

・中学卒業後、片道分の電車賃だけ持って大阪に出た。

・大阪帝拳で本格的にボクシングを始めた。

・アマチュア時代、かまぼこ製造の「大阪カマボコ」でアルバイト。

・全日本社会人選手権バンタム級優勝(史上最年少優勝=87年)。

・アマ18戦18勝でソウル五輪代表決定戦に出場するが体調不良(発熱)で判定負け。

 敗戦のショックで田舎に戻って約1年間試合から遠ざかった。

 アマチュア時代の通算成績は19試合18勝(18KO・RSC)1敗。

・身長163㎝リーチ175㎝は理想的なボクサー体型。

・天才型のボクサーファイター。パンチをかわすことには動物的なカンを発揮する。

・負けず嫌い。ロードワークでも人に負けたくない。

 プロデビュー当初に「負けたら引退する」と発言。

・プロデビュー戦で公約通り2RKO勝利。

・「浪速のジョー」と呼ばれた。

・リングに上がる前は恐くて吐きそうになるがリングに上がると開き直れる。

・プロ3戦目で日本バンタム級タイトルを獲得(最短タイ記録=90年)。

・プロ8戦目でWBC世界バンタム級タイトルを獲得(=91年)。

・網膜剥離による引退勧告を受けた(=93年)。

・薬師寺保栄戦のファイトマネー1億1457万円は日本人最高額(=94年)。

・無敗のチャンピオンからダウンを奪って約3年ぶりに世界チャンピオンに返り咲いた(=97年)。

・世界バンタム級タイトル防衛戦に負けた翌日、現役引退を宣言(=99年)。

・父親の3回忌法要後に現役復帰を宣言(=01年)。

・妻がエッセイ集「無敵」出版(=01年)。