■森田健作(もりた けんさく)
□肩書き
俳優 歌手 タレント 政治家
□本名
鈴木栄治
□生年
1949(昭和24)12.16(射手座/O型)
□出身地
東京都大田区
□出身校
大田区立矢口東小学校
大田区立安方中学校
私立正則学院高校
明治学院大学中退
□略歴
69年(20歳)映画「夕月」に出演。
71年(22歳)ドラマ「おれは男だ!」に主演。
91年(42歳)テレビ「森田健作の熱血テレビ」に出演(司会)。
※他の主な出演:
映画 「青春怪談」「砂の器」「八甲田山」
ドラマ「青春をつっ走れ!」「男たちの旅路」「大岡越前」
テレビ「ごきげんよう」
CM 「サントリー バイオミン」
□趣味
畑仕事 旅行
□資格
剣道2段 柔道初段
□サイズ
175㎝ 65㎏
□特記事項
・衆議院議員
・千葉県知事
■森田健作
□幼少時代〜
・父親は警察官(刑事)。
・次男。兄、姉、弟、妹がいる。※兄はガンで幼くして他界
・子供の頃は虚弱体質だった。
・肺炎とはしかを併発して死にかけた。
医者に「特効薬を手に入れないと助からない」と言われたが、
親が闇市で高額で特効薬を入手してなんとか助かった。
3歳の時に横隔膜障害の手術を受けた。
・父親の躾はとても厳しかった。
毎朝6:00に起床して朝の体操をやらせれた。
・母親が「ハンバーグ」と言って出してくれる料理は「メンチカツ」だった。
・幼稚園〜小学校時代、若林洋子さんに初恋。
・小学校時代から硬派で下駄をはいていた。
・小学校時代、テストは点が良い時だけ親に見せていた。
・小5の時、父親の勧めで剣道をはじめた。
夏休みに仙台の海岸(父親の実家)で練習した。
・中学時代、剣道部から好きな女の子がいたバスケットボール部に転部した。
・高校時代、「正則のアラン・ドロン」と呼ばれていた。女の子にモテモテだった。
・高校時代、2回目のデートで同伴喫茶に連れて行ってフラれた事があった。
・外交官になりたいと思っていた。
・大学入試に失敗して浪人。
・学生時代、4:00に起きて勉強した。
・学生時代、音楽と体育の成績は常にトップ、他の教科の成績は2か3だった。
■森田健作
□私生活
・好物…さば寿司。牛肉のカルパッチョ。天ぷら。納豆。
パパイヤ。シュークリーム。日本茶。甘いもの。
・嫌いな食べ物…肉の脂身。にんじん。
・得意料理…カレーライス(赤ワインを入れる)。
・あまり酒が飲めなかったが国会議員になってから少し飲めるようになった。
・健康法…竹刀の素振り。ボクシング。ジョギング(隅田川沿い)。
・国会議員時代に胃潰瘍で3週間入院。
・チョコレートの食べ過ぎで鼻血が止まらなかった事がある。
・高所恐怖症。飛行機が少しでも揺れると冷や汗が出る。
・超朝型。21:00に寝て4:00に起きる。
・花が大好き。
・住んでいる所…千葉県芝山市(一戸建て、5LDK=10.02現在)。
・休日に森田農場(千葉県、2000坪)で畑仕事をする。
・いきつけ…そば屋「やぶ久」。
・好きなプロ野球チーム…巨人。
・ひとつの仕事が終わると旅行に行く。
・ハワイが大好き。
・好きな言葉…「努力は決して嘘をつかない」。
・80歳で自分の孫と一緒に海岸を走るのが夢。
・人の長所を探すのが好き。一度覚えると忘れない。
・父親が脳梗塞で他界(享年98=07年)。
・母親が老衰で他界(享年98=17年)。
・長男とふたりだけで旅行に行く。
・若い頃は片っ端から女性を口説いていた。電話代は多い時は月15万円。
同時に3人と交際して3人に同じものをプレゼントしたのがバレた事があった。
・早朝に仙台の海岸を妻と一緒に走って「結婚しようか」とプロポーズした。
■森田健作
□人間関係
・京本政樹…親友。京本がデビューする前からのつきあい。
ジョイントコンサートを開催。京本は森田のモノマネができる。
・山田雅人…親友。映画で共演。山田はもともと森田のファンだった。
・テリー伊藤…友人。剣道仲間。
・早瀬久美…ドラマ「おれは男だ!」で共演。
「吉川君!(早瀬の役名)」という台詞が話題になった。
・桑野信義、美川憲一、吉田茂…同じ高校。
・田中義剛…森田のファン。高校時代に森田に憧れて剣道をやっていた。
・浜田雅功…森田のファン。森田のレコードを全部持っていた。
・山崎邦正…森田に憧れて幼稚園の頃から剣道を始めて市大会で何度も優勝。
・山元敏子…姉。元日劇ダンシングチーム。姉の紹介で事務所の社長と知り合った。
※「ウチくる!?」に出演(=09年5月24日放送分)
・片山美子…元スチュワーデス。86年結婚。12歳年下。
・子供:
長男…秀尚(ひでたか)。91.10.08誕生。
■森田健作
□エピソードなど
・松竹映画「夕月」の黛ジュンの相手役オーディションに6300人の中から合格。
・芸名の由来…初出演映画「夕月」の役名。
・芸能界入りを父親に反対されて「1作だけ」という約束で仕事を始めた。
・新人の頃、売れているタレントの電話番やファンレターの宛先書きをした。
・ドラマ「おれは男だ!」は青春学園テレビドラマの最高傑作の呼び名が高い。
・ドラマ「おれは男だ!」の主題歌「さらば涙と言おう」を歌って大ヒット。
当時はは寝る暇もない忙しさだった。月に1000通ファンレターが来た。
ブロマイドの男性部門売上ランキングで3回1位になった(=71年、72年、74年)。
・「青春の巨匠」と呼ばれる。
・参院選に無所属で立候補して当選(=92年)。
PKO法案に賛成して民社党から推薦を取り消されて無所属になった。
選挙活動中にストレスから不整脈になった。
・衆院補選で自民党東京4区から立候補して当選(=98年)。
・沖縄開発政務次官、文部政務次官、文部科学委員会理事、自民党情報調査局長を歴任。
航空運賃引き下げ問題やイジメ問題にに取り組んだ。
イジメ問題をテーマにしたビデオ映画「ある日突然に…」を製作。
・森田塾、森田農場、森田塾出版、日本細胞研究所を創設。
・森田塾出版から絵本「わくわくもりのなかまたち」を出した。
・映画「グリーンボーイ」「当選確実」を製作。
・夢は必ず実現すると思っている(実現しないのは途中であきらめるから)。
・「ガンバレ日本映画議員有志の会」を設立。
・ベッドシーンが苦手。
・坂本九のモノマネができる。
・麗澤大学客員教授に就任(=03年)。
・自宅を「情報ツウ」で公開(=04年4月9日放送分)。
・千葉県知事選挙に立候補して僅差の次点で落選(=05年)。
・自らが総監督を務める野球のクラブチームを千葉県を拠点に設立(=05年)。
・野球のクラブチーム「千葉熱血MAKING」を千葉県を拠点に設立して総監督に就任(=05年)。
・映画「I am 日本人」を製作(原作・脚本・出演も担当=06年)。
・日本教育再生機構代表委員を務める。
・千葉県知事選を3期12年務めた(=09年〜21年)。
県知事としてアクアラインの通行料金値下げを強行に推進。
・サンミュージックの最高顧問に就任(=21年)。
・タイ・バンコクのパンヤピワット経営大学の客員教授に就任(=23年)。
・主な著書:
「青春二十周年なのだ」
「批判するだけでは変わらない」
「もう少し努力してみないか」
「家庭力」04年出版
凡例:20.01現在=2020年1月現在