■平松愛理(ひらまつ えり)
□肩書き
歌手
□本名
清水絵里(旧姓=平松)
□生年
1964(昭和39)03.08(魚座/A型)
□出身地
兵庫県神戸市須磨区
□出身校
神戸海星女子学院大学卒業
□略歴(満年齢)
89年(25歳)「青春にアルバム」で歌手デビュー。
91年(27歳)ラジオ「平松愛理のオールナイトニッポン」出演。
92年(28歳)「部屋とYシャツと私」がヒット。
※他の主な楽曲:
「もう笑うしかない」「女の命は短くて」「おしえて神様」
□趣味
映画観賞
■平松愛理
□幼少時代〜
・父親は開業医(内科・小児科)。
・実家は1Fが医院、2Fが家族の生活スペース。
多い時は住み込みの看護師が10人いた。
・非番の看護師や製薬会社の営業マンが遊び相手だった。
・3歳の頃にピアノを始めた。
・小学校時代、作詞作曲を始めた。
・小学校時代、近所の須磨海岸で海に向かって歌った。
・高校時代、バンドを組んでボーカルトキーボードを担当。
文化祭で自作曲を披露してお大きな拍手を貰った時に将来歌手になる事を決意。
・大学時代、女性だけのアマチュアバンドのボーカルを3つかけもち。
全国ツアーを開催。プロのアーティストの前座を務めた。
・20歳の頃、「俺か音楽か、どちらかを選んでくれ」と言われて彼氏と別れた。
■平松愛理
□私生活
・好物…納豆。漬物(ぬか床を実家から貰った)。
ずんだ餅(仙台名物)。コーヒー(アウトドアで飲むのが好き)。
・すき焼きに牛乳を入れる。
・健康法…ハーブティー。寝る前のストレッチ体操。
・右卵巣と子宮の全摘出手術(=01年)。
・乳がんを8回手術(=01年〜)。
左脇のリンパ節を14個(全体の1/3)を切除。
術後に痛み止めを飲んでも眠れないほどの激痛に苦しんだ。
・乳がんの放射線治療の後遺症で2年間仕事を休業(=02年〜04年)。
せきが止まらなくて歌えない状態が続いた。
※闘病記「部屋とYシャツと『私の真実』」(集英社文庫=04年)
・好きな作家…重松清(大ファン)。
・好きな映画…「リヴァーランズスルーイット」「ベイブ」「レオン」。
・好きな映画俳優…ケヴィン・ベーコン。
・好きな映画女優…ジュリエット・ルイス。イザベル・アジャーニ。
・日記をつけている。
・いきつけ…
イタリア料理「キャンティクアルト」(渋谷区幡ヶ谷)。
イタリア料理「イケ・チェ・チェ」(渋谷)。
・ファミレスが好き。
・午前中の公園、海岸が好き。
・極度の方向音痴。
・前の前の家に帰ってしまった事がある。
・旅先から自分に手紙を出す。
・阪神大震災で実家が全壊して知人が何人も他界。
・母親が運転するクルマに後ろから追突した事がある。
呼び掛けるつもりで無意識にアクセルを踏んでしまった。
・学生時代に一緒に音楽をやっていた親友が阪神大震災で圧死。
・長女は音楽家志望。
■平松愛理
□人間関係
・岡村孝子…友人。
・薬師丸ひろ子…曲を提供。
・住谷正樹(レイザーラモン)、伊達公子…平松のファン。
・清水信之(アレンジャー、音楽プロデューサー)…94年結婚、05年8月離婚。
「部屋とYシャツと私」のアレンジャー。
初対面の第一印象は全然良くなかった。
一日中オヤジギャグを言う人だった(最初の半年間は反応してあげていた)。
・子供:
長女…初一音(はいね)。96.02.20誕生。※離婚後の親権は平松
医者からは99%妊娠は無理と言われていた。
レコーディング中に切迫流産で倒れて緊急入院(=95年年末)。
重症の子宮内膜症で命がけの出産だった(帝王切開で出産)。
※闘病記「ゲキツー!! 子宮内膜症との闘いの日々」(講談社=01年)
■平松愛理
□エピソードなど
・アマチュアバンドの他のメンバーはプロ志望ではなかったので大学卒業後に単身上京。
・事務所が用意した曲でのデビューを断って事務所をやめた。
・デビュー前、アルバイトで生活しながら、
半年間毎週2曲の新曲のデモテープを作って売り込んだ。
お茶も出してくれないスタッフを見て「絶対にこの人にお茶を出させてやる」と思っていた。
・デビュー前、生活が苦しかった。
友人からお米を貰った。粗大ゴミを拾って使った。
・詞を書く時に爪を切ってマネキュアを塗る。
・独身時代は真夜中でないと詞が書けなかったが、
長女出産後は昼間も書けるようになった。
・OLの心情を綴った曲が多いが実際のOL経験はない。
・落ち込んでいる時に元気な歌、元気な時に失恋の歌を作る。
・ドラマ「はれ時々くもり」にゲスト出演(=99年)。
・日本・ベトナム観光文化祭で日本代表としてベトナムでライブを開催(=04年)。
・神戸大使に就任(=05年)。
・DVD「昭和の映像 神戸第二集(記録映画)」のナレーションを担当(=09年)。
・産経新聞にコラム「週末の散歩道」を連載中(=09年現在)。
・シングル「美し都」のアーティスト印税を義援金として 阪神大震災の被災地に寄付。
・阪神大震災の復興支援ライブをライフワークにしている。
・毎年1月17日に神戸で阪神大震災で亡くなった人を偲ぶイベントを開催(=15年で20回目)。
・全国の災害被災地で支援活動を行う。
凡例:20.01現在=2020年1月現在