小林稔侍

小林稔侍


■小林稔侍(こばやし ねんじ)

 

□肩書き

 俳優

 

□本名

 小林稔侍(こばやし としじ)

 

□生年

 1941(昭和16)02.07(魚座/A型)

 

□出身地

 和歌山県伊港郡かつらぎ町

 

□出身校

 笠田小学校

 国立和歌山大学附属中学校

 和歌山県立笠田高校

 

□略歴

 86年(45歳)朝ドラ「はね駒」出演。

 99年(58歳)映画「鉄道員」出演。

 18年(77歳)映画「星めぐりの町」主演(映画初主演)。

 ※他の主な出演:

  映画 「地獄の波止場」「武士の一分」「母べえ」

  ドラマ「Gメン75 網走大脱走」「ふぞろいの林檎たち」「黒革の手帖」

  テレビ「みなさんのおかげです」「ごごナマ」「誰だって波瀾爆笑」

  CM  「ハウス食品 加厘工房」「キリンビバレッジ ジャイブ」 

 

□趣味

 読書 クルマ

 

□特記事項

・長男は小林健

・長女は小林千晴

■小林稔侍

 

□幼少時代〜

・父親は洋服の仕立て職人。

・兄がいる。

・故郷のかつらぎ町は日本一の柿の名産地。

・父親が映画好きだった。

 ものごころつく前から映画に連れて行ってくれた。

・両親からほとんど叱られずに育った。

・周囲を山に囲まれた田舎で育った。

・紀ノ川で天然の鮎を採った。

・子供の頃、ひとりで遊ぶ事が多かった。

・子供の頃、小児喘息を患った。

 治療の為に母親にナメクジを丸飲みさせられた。

 注射針が入らない程までガリガリにやせた。

・子供の頃、牛に蹴られて数m吹っ飛んだ。

・小学校時代、同級生の親が経営している劇場によく行った(無料で入れて貰った)。

・小学校時代、よく銭湯で女湯を覗いた。

・小6の時、1年間だけ猛勉強して附属の中学校(進学校)に合格。

・中学時代、1年先輩の女の子と交際。

・田舎で育ったので東京への憧れが強かった。

・東京に出る手段として東京の大学進学を考えて願書を新聞紙の上で書いていると、

 その新聞に東映のニューフェイス募集の広告があり、

 青山学院大学に願書を出すついでに東映にも願書を送った。


■小林稔侍

 

□私生活

・好物…駅弁。マグロの握り。中華がゆ。日本そば。あずきトースト。

 豆腐。和菓子。洋菓子。甘いもの。

・嫌いな食べ物…お好み焼き(戦後の食料難のメリケン焼きを思い出す)。

・夜中にステーキを食べてしまう事がある。

・酒は殆ど飲めない。おちょこ1杯が限度。

・健康法…筋トレ(腕立て伏せ用の器具を持ち歩く)。

・潔癖性気味。

 ホコリが苦手。電車の吊り革が苦手。

 寿司を食べる時に職人の指先を見ない(汚れた指先だと食べられない)。

・なで肩。

・夜型。

・洗濯が好き。

・いつでもメモを取れるように自宅のあちこちに同じボールペンを置いてある。

・自宅のベランダに野鳥が毎年巣を作ってヒナを育てる。

・何度も申し込んで当選した町田市の公団団地(3DK)に長年住んでいた。

・いきつけ…

 「纏鮨」(六本木)。

 「馬尻」(麻布十番)。

 東映の大泉撮影所の近所にあるおそば屋(30年以上通っている)。

・乗り物に酔う。

・クルマが大好き。

 撮影の合間に車中で読書や音楽鑑賞をする。

・京都の仏壇の問屋で大きな仏壇を衝動買いした。

・人込み・雑踏が好き。休日にひとりで散歩する。

・上京時に父親が作ってくれたタキシードを今も所有

 (サイズは合わなくなっている=04.02現在)。

・24歳の頃、母親の入院費を稼ぐ為に大金を賭けて競輪で勝負した。

・90歳を過ぎた寝たきりの母親と同居していた。

■小林稔侍

 

□人間関係

・宇崎竜童&阿木耀子…友人。曲を作って貰った。

・平泉成…友人。

・高倉健…師匠的存在。映画「冬の華」で共演。

 結婚の保証人。ふたりの子供の名付け親。

 約50年間ほぼ毎日一緒に食事。

・溝端淳平…和歌山県立笠田高校の後輩。

・麻生祐未…ドラマ「窓際太郎の事件簿シリーズ」で共演。

 麻生に長男が産まれた時にベビーカーを自ら自宅まで運んでプレゼント。

・安達祐実…CM「ぐが大きいカレー(ハウス食品)」で共演(=92年)。

・名取裕子…アフリカの田舎で偶然同じホテルに滞在。

・深作欣二…東映時代に深作が監督したアクション映画に脇役として多数出演。

・妻…一般女性。28歳の時に結婚。

・子供:

 長男…小林健。71.06.03誕生。俳優。文学座研究所卒業。

 長女…小林千晴。73.01.19誕生。 女優。文学座研究所卒業。


■小林稔侍

 

□エピソードなど

・夜行列車で10時間以上かけて上京した。

・第10期東映のニューフェイス(=61年)。

   応募者3万人。多数の同期のうち芸能界に残っているのは小林だけ。

・初めてフィルムに映った自分の演技を見た時にそのダメさ加減にショックを受けた。

・方言を直すのに苦労した。

・上京当時にホームシックで毎晩枕が濡れる程泣いた。

 研修の泣く演技では一人だけ本当に泣く事ができた。

・入社当時は映画界に活気があったので役がつかない事が気にならなかった。

 「50歳を過ぎてから食えればいい」と思っていた。

・エキストラで死体役を演じた。

・ドラマ「キャプテンウルトラ」にキケロ星人役で出演。

・「目立たないけど気になる奴」というキャラを目指していた。

・東映の寮(4畳半)に住んでいた。

・ピラニア軍団のメンバーだった。

・東映に35歳まで17年間在籍。

・映画「冬の華」に一言も台詞がない役を演じて話題になった(=78年)。

・朝ドラ「はね駒」の父親役で全国区の人気を得た。

・「みなさんのおかげです」のコント「キャプテンウルタカ」にキケロ星人ジョーで出演。

・大河ドラマ「八代将軍吉宗」で長男・健と親子共演。

・スペシャルドラマ「あなたに10億円さしあげます! 連続殺人」で長男と長女と共演。

・ナメた態度で接してくるスタッフに対してキレてしまう事がある。

・生放送のトーク番組が苦手。

凡例:19.01現在=2019年1月現在