■余貴美子(よ きみこ)
□肩書き
女優
□本名
余貴美子
□生年
1956(昭和31)05.12(牡牛座/B型)
□出身地
神奈川県横浜市
□略歴(満年齢)
76年(20歳)劇団自由劇場入団(→84年退団)。
81年(25歳)舞台「上海バンスキング」出演。
01年(45歳)朝ドラ「ちゅらさん」出演。
※他の主な出演:
舞台 「エレクトラ」「リア王」「異邦人」
映画 「ヌ−ドの夜」「うみ・そら・さんごのいいつたえ」「釣りバカ日誌11」
ドラマ「はぐれ刑事純情派」「いま、会いにゆきます」「篤姫」
テレビ「ごごナマ」
□趣味
映画観賞 三味線(三線) 和太鼓
□特技
中国語 民謡(名取)
□サイズ
160㎝
■余貴美子
□幼少時代〜
・父親は中国人華僑(台湾出身)。
東京や横浜でクラブ、キャバレー、ライブハウスなどを経営していた。
・母親は日本人。日舞の師匠。
・余貴美子自身の国籍は中国。
・妹がいる。
・祖父母、両親、叔父、叔母などが同居する大家族だった(一番多い時は20人)。
母親だけが日本人だった。
・家では中国語を話していて食事は中華だった。
・伊勢佐木町や元町が遊び場だった。
・中学〜高校時代、茶道部。
・高校時代、ジャズ喫茶、ライブハウスでよく朝まで遊んだ。
「ハマのキミちゃん」「ハマのマリア」と呼ばれていた。
・高校時代、バイクショップ&バイクチーム「ケンタウロス」に出入りしいた。
長髪でバイクに乗っている男の子と交際していた。
・スチュワーデス(フライトアテンダント)になりたいと思っていた。
■余貴美子
□私生活
・好物…からすみのスパゲティ。麻婆豆腐。焼肉(大好物)。
・酒が好き。酒豪。好きな酒は日本酒。
地方に行くと誰も行かないような小さなスナックに行く。
飲みながら三味線を弾いて民謡を口ずさむのが大好き(十八番は「南部俵積み唄」)。
・住んでいる所…東京都(一軒家=07.04現在)。
・明治神宮のそばに住んでいる(=08.11現在)。
・民謡、日舞、長唄、和太鼓、三味線、フラメンコを習った。
民謡は長続きして名取になった。
・三線(さんしん=沖縄の三味線)を習っている(=02.12現在)。
・若い頃はバック転が出来た。
・沖縄が好き。仕事で何度も沖縄を訪れて好きになった。
・いきつけの店の店員と仲良くなるのが得意。
・夫はフィギュアが大好き。
■余貴美子
□人間関係
・范文雀…父方のいとこ。
子供の頃に范文雀の兄と一緒に暮らしていた。
・岩松了、イッセー尾形、柄本明、小日向文世、斉藤暁、笹野高史、
佐藤B作、高田純次、ベンガル、萩原流行、村井国夫、
吉田日出子、余貴美子、久本朋子…劇団自由劇場出身。
・IKKO…余のヘアメイクを担当。
・大谷亮介…一緒に劇団東京壱組を旗揚げした。
・竹中直人…映画「ヌ−ドの夜」で共演してラブシーン。
・沢口靖子…舞台「びっくり箱」で姉妹役で共演。
・山崎努…影響を受けた俳優。
・浪花千栄子、山本富士子…憧れている女優。
・黒川芽以、平田弥里…余を女優として尊敬している。
・夫…NHK美術スタッフ。06年3月結婚。2歳年下。
■余貴美子
□エピソードなど
・友人のつきそいで受けた劇団自由劇場のオーディションに自分だけ合格した。
・劇団自由劇場時代、上の人からイジメられた。
・退団勧告の手紙が来て約10年在籍した劇団自由劇場を辞めた。
・劇団自由劇場を辞めた仲間と一緒に劇団東京壱組を結成(=85年)。
96年に解散するまで看板女優として活躍。
・劇団時代のエピソード:
予算がなかったので小道具、衣裳、小物は手作りだった
(ゴミ置場から拾った発泡スチロールを利用)。
老け役を演じる時はシワをエンピツで描くだけだった。
宣伝の為に自ら新宿のスナックやバーを廻ってポスターを貼らせて貰った。
給料0円だったので実家に住んで母親から小遣いを貰っていた。
「吉野家」の紅ショウガを持ち帰ってオカズにしていた。
・映画「学校III」「あ、春」で日本アカデミー賞優秀助演女優賞(=99年)。
・劇団時代は発想が過激でアナーキーだったが、解散後は調和やバランスを考えるようになった。
・映画「うみ・そら・さんごのいいつたえ」で実際に三線を演奏。
・映画「噛む女」「ヌ−ドの夜」でヌードを披露。
・気合を入れると逆に緊張して失敗するので舞台の本番前は楽屋でゴロゴロしてリラックスする。
舞台に出ると自然に気合が入る。
・演じる役柄は陰があるミステリアスな女性が多い。
・2時間ドラマに多数出演。
・テレビ「ニュースステーション」「ファミリーヒストリー」ナレーション。
・おぼんを使った宴会芸ができる。
凡例:20.01現在=2020年1月現在