志茂田景樹
■志茂田景樹(しもだ かげき)
□肩書き
作家
□本名
下田忠男
□生年
1940(昭和15)03.25(牡羊座/A型)
□出身地
静岡県伊東市→東京都
□出身校
小金井町立第三小学校
武蔵野市立第二中学校
都立国立高校
中央大学法学部政治学科卒業
□略歴(満年齢)
76年(36歳)「やっとこ探偵」で小説現代新人賞を受賞。
80年(40歳)「黄色い牙」で直木賞を受賞。
97年(37歳)舞台「若草の家」に出演(脚本を担当)。
□趣味
料理 絵画(アクリル画) 茶道 ファッション
□特技
衣装デザイン
□サイズ
180㎝61㎏
□特記事項
・次男は下田大気
■志茂田景樹
□幼少時代〜
・父親は国鉄職員。
・姉が2人いる。
・子供の頃からファッションに関する興味が強かった。
姉に教えて貰ってメイクをして姉のスカーフを巻いた。
・小学校時代、絵を描くのが好きだった。
・高校時代、映画研究会、野球部、ラグビー部など様々なクラブに顔を出していた。
野球部とラグビー部のマネージャーをやった。
・高校時代、よく酒を飲んで学校でタバコを吸ったが一度も捕まらなかった。
・高校時代、ジャズ喫茶に通っていた。
・高校時代、映画の観すぎで勉強がおろそかになり、大学受験に失敗。
オードリー・ヘップバーンが大好きだった。
・1浪後、早稲田大学、明治大学、中央大学に合格、授業料が安い中央大学を選んだ。
・大学時代、俳優に憧れて、国際演技者学校に通っていた。
エキストラとして「若大将」シリーズなど多くの映画に出演。
・大学時代、革ジャンのモデルのアルバイト。
アルバイトのしすぎで2年留年。
親を安心させるために卒業証書を偽造したが授業料の催促が送られてきてばれた。
・大学時代、トリスバーで逆ナンパされた27歳の女性を相手にセックスを初体験。
■志茂田景樹
□私生活
・好物…ホルモン鍋。和菓子。
・好きな酒…焼酎。
・健康法…90%玄米菜食(10%は魚介タンパク質)。ウォーキング。
・盲腸に腹膜炎を併発して1ヵ月入院(=69年)。
・子供の頃にこじらせた中耳炎の後遺症で聴覚が少し弱い。
音痴なのはそのせいだと自分では思っている。
・機械音痴。レコーダーの操作は予約から再生まで全て妻まかせ。
コードレスホンをリモコンと間違えてテレビに向けて押した事がある。
・ペット…猫(名前はモモ)。
・住んでいる所…東京都武蔵野市(一軒家=13.04現在)。
・東京都港区麻布十番に仕事部屋がある(=13.04現在)。
・いきつけ…
うなぎ「大和田」(江東区富岡=15.10現在)。
韓国家庭料理「鳳仙花」(麻布十番、ホルモン鍋、約30年通っている=15.10現在)。
・茶道を習った事がある。
・運転免許を持っていない。旅行に行く時は妻が運転する。
・ディスコに行くとお立ち台で踊っていた。
・深川不動(門前仲町)の参道が好き。
・予定を立てるのが大嫌い。
・見えをはるのが大嫌い。結婚式の祝儀は世間の相場にほんの少し上乗せするだけ。
・お金に関してはすべて光子夫人まかせ。ポケットマネーは月に50万円。
・Twitterをやっている(=13.10現在)。
・直木賞を受賞した数日後にがんを患っていた父親が他界した。
・姉・千鶴子と同居中(2世帯住宅=08.06現在)。
・長男が近所に住んでいる(=13.04現在)。
・次男は俳優を辞めた後、宝石販売会社や芸能プロダクションの経営に失敗。
・次男はタクシー運転手(=13.04現在)。
・左手の指に赤いマネキュアを塗ってオナニーをした事がある。
・女性に対しては受け身の事が多い。
・愛人が3人いた時期があった。
■志茂田景樹
□人間関係
・明石家さんま、タモリ、ビートたけし、
あべ静江、宮沢りえ、細川ふみえ、和田アキ子…友人。
・清水健太郎…若い頃によく一緒に飲んだ。
・荒木経惟…雑誌「遊勉」のヘアヌードを撮影。
・光子…70年結婚。結婚前に2年間同棲。自動車ブラシ製作会社の同僚だった。
・子供:
長男…順洋(よりひろ)。
次男…下田大気(ひろき)。元俳優。
■志茂田景樹
□エピソードなど
・大学卒業後、10年間で約40の仕事を転々とした。
法律事務所「新橋いしわた」、英字百科事典のセールス、アイディア賞品のセールス、
広告会社、塾講師、旅行代理店の添乗員、犬のブローカー、出版社の営業、貿易会社、
雑誌付録制作会社、ペットのエサの製造販売、デートクラブのビラ配り、
アパレルの通信販売、商店街組合事務所の事務員、不動産販売、犬の生命保険のセールス、
自動車ブラシ製作会社、イベント会社、探偵事務所、興信所、保険調査員、建設業界紙記者、
出版社総務部長、週刊TVガイド記者、フリーライター、など。
人に頭を下げるのが嫌いなので営業の仕事は長続きしなかった(数日でやめた事がある)。
探偵と保険調査員の仕事は長続きした。
・ファッションモデルを志してプロダクションに入ったがチラシ広告のモデルどまりだった。
・29歳の頃に作家を目指して文筆活動を始めた。
盲腸に腹膜炎を併発して1ヵ月入院した時に退屈しのぎに50枚程の小説を執筆した。
4回続けて新人賞の候補になって4回続けて落選した後、
軽いタッチのユーモア小説「やっとこ探偵」で新人賞を受賞した。
・小説は声で話して録音したものを専門の人に起こして貰って書く。
事務所のスタッフに若い女性が多いので濡れ場シーンはトイレでこっそり録音する。
・締切りに追われて新幹線の個室で激しい濡れ場の吹き込みを大声でやった事がある。
・著書は500冊以上。
・ファッションブランド「KIBA」を設立(=90年)。
・出版社「KIBA BOOK」を創立(=96年)。
発表会で自らファッションモデルを務めた。自らデザインを担当。
・雑誌「遊勉」(講談社)にヘアヌードを発表(=93年)。
・テレビ出演の時だけ衣装に着替えるのではなく普段から派手な服を着る。
専用の衣装部屋に数十パターンの洋服が置いてある。
・9:00から仕事を始めて18:00まで仕事を終える。
・映画やドラマに俳優として出演する時は台本を覚えた上で自分の言葉に置きかえる。
・絵本「くじらの飛行船」をプロデュース(=01年)。
・妻・光子が「わたしは絶対に別れない」(洋泉社)を上梓(=02年)。
・99年から妻と一緒に全国の子供に絵本を読み聞かせる活動を行っている(=08年現在)。
全国で年間100回以上開催。
・妻・光子、次男・大気、姉・千鶴子が「2時っチャオ」に出演(=08年6月20日放送分)。
・自宅と仕事部屋を「メレンゲの気持ち」で公開(=13年4月20日放送分)。
・妻・光子が「メレンゲの気持ち」に出演(=13年4月20日放送分)。
・事務所に空き巣が入って現金6000円を盗まれた。
・被災地の慰問活動を毎年行っている。
凡例:18.01現在=2018年1月現在