鈴木亜久里

鈴木亜久里


■鈴木亜久里(すずき あぐり)

 

□肩書き

 カーレーサー 

 

□本名

 鈴木亜久里

 

□生年

 1960(昭和35)09.08(乙女座/A型)

 

□出身地

 東京都板橋区→埼玉県

 

□出身校

 埼玉県立新座高校

 城西大学理学部卒業

 

□略歴(満年齢)

 89年(29歳)F1参戦。

 90年(30歳)F1日本グランプリ3位(日本人初の表彰台)。

 00年(40歳)カーレーサーを引退。

 

□趣味

 パソコン

 

□サイズ

 180㎝67㎏

 

□特記事項

・日本人初のF1表彰台(=90年)


■鈴木亜久里

 

□幼少時代〜

・父親は所沢サーキットを運営。

・祖父はフランス人。

・子供の頃に両親が離婚して母親に引き取られた。

・10歳の時、父親の影響で自宅のカートをはじめた。

 最初に乗ったカートは父親の手製だった。

 父親が主催するカートレースに出場した。

・埼玉県の高校入学を機に父親と暮らし始めた。

・高2の時、カートの全日本選手権に出場。

・富士スピードウェイでF1グランプリのピットに潜入、

 写真を撮りまくってつまみ出された(=76年)。

 

□私生活

・好物…卵かけご飯。魚。豚足。鶏の唐揚げ。豆腐。

・嫌いな食べ物…ソース焼きそば。

・収集…時計。サングラス。

・モナコに住んでいた。


■鈴木亜久里

 

□人間関係

・保阪尚希…友人。カート友達。

・ミハエル・シューマッハ…友人。モナコのスポーツジムで知り合った。

 知り合った当初のシューマッハは金欠だったのでよく奢ってあげた。

・アイルトン・セナ…友人。同い年。

・宮本真希…友人。

・近藤真彦…カーレーサー仲間。

・中嶋悟、片山右京、井上隆智穂、中野信治、高木虎之介、佐藤琢磨

 …主な日本人F1レーサー。

・松浦賢…恩師。※ヤマハエンジンの名チューナー

・佐藤琢磨、井出有治…スーパーアグリフォーミュラ1のドライバー。

・秋元玲奈…テレビ東京アナウンサー。長男の妻。

・妻…?年結婚。

・子供:長男。 

 ※初孫…17.11.01誕生。

■鈴木亜久里

 

□エピソードなど

・全日本カート選手権(A2クラス)のチャンピオン(=78年、81年)。

・史上最年少(18歳)で全日本F3選手権に参戦(=79年)。

・父親が経営していたクルマのオークション業を手伝っていた。

 状態が良さそうなクルマを自分で買って乗り回した後でメンテナンスして転売、

 そのおかげでジャガー、フェラーリなど様々な高級車に乗る事ができた。

・23歳の頃、なかなかレースで勝てなくてスポンサーが付かず引退も考えたが、

   オイルの輸入販売業で活動資金を得て自らチームを作った。

   ※オートマ車用のアメリカ製添加剤入りのオイルの日本代理店となって輸入販売を行った

・全日本F3選手権でシーズン2位(=83年、85年)。

・全日本ツーリングカー選手権でシリーズチャンピオン(=86年)。

・ル・マン24時間レースに初参戦(=87年)。

・F3000でシリーズチャンピオン(=88年)。

・F1日本GPにスポット参戦(16位=88年)。

・F1にフル参戦(シーズン全16戦予備予選落ち=89年)。

・F1イギリスGPで6位入賞(=90年)。

・F1アメリカGPで6位入賞(=91年)。※5位は中嶋悟

・最後の花道を飾るつもりで臨んだF1日本GPで予選2日目のタイムアタック中にクラッシュ、

 本戦レースに出場できなかった(=95年)。

・F1レーサー時代のMAX年収は約10億円。

・三井ゆりとのカート勝負で0.1秒差で負けた。

・テレビ「生ダラ」のカート対決で石橋貴明に負けて罰ゲームで坊主頭になった。

・スーパーアグリカンパニーを設立(=96年)。

・ル・マン24時間レース3位(=98年)。

・F1とル・マン両方の表彰台に上がったのは日本人ドライバーとして鈴木亜久里が初。

・スーパーアグリフォーミュラ1のオーナーとしてF1に参戦(=06年)。

・長期的な目標を立てて計画的に行動するのが好き。

 45歳でF1チームのオーナーになるという目標達成の為に逆算して35歳でF1を引退した。

凡例:17.01現在=2017年1月現在