瀬川瑛子
■瀬川瑛子(せがわ えいこ)
□肩書き
歌手 女優
□本名(旧姓)
瀬川瑛子
□生年
1948(昭和23)07.06(蟹座/B型)
※[1947年誕生]とする媒体もある
□出身地
東京都渋谷区
□出身校
世田谷区立代沢小学校
品川区立日野中学校
町田学園高校中退
□略歴
67年(19歳)「涙の影法師」で歌手デビュー。
87年(39歳)「命くれない」がヒット。紅白歌合戦初出場。
02年(54歳)ドラマ「ゴールデンボウル」出演。
※他の主な出演など:
ドラマ「ドリームアゲイン」「オー!マイ・ガール!!」
テレビ「ものまね王座決定戦」「ためしてガッテン」「ごきげんよう」
CM「マイコール はるオンパックス」「ノーベル製菓 のど黒飴」
楽曲「長崎の夜はむらさき」「矢切りの渡し」「人生晴れたり曇ったり」
□趣味
料理 オセロゲーム 和太鼓 ストレッチ 日舞 ジャズダンス モダンバレエ
麻雀 パチンコ 旅行
□特技
カロリー計算 衣装デザイン 自宅内装デザイン クロスワードパズル
□サイズ
168㎝
□特記事項
父親は瀬川伸
■瀬川瑛子
□幼少時代〜
・父親は演歌歌手の瀬川伸。NHK紅白歌合戦に2回出場。
「上洲鴉」などの旅股演歌を歌っていた。自ら一座を率いて全国を巡業していた。
・母親は父親のおっかけだった。
・姉と弟がいる。
・習字を習っていた。
・3歳の頃から子役として父親のステージに出ていた。
・5歳の頃から父親を先生に毎日歌を練習した。
父親が「今日の歌は良かった」と言ってくれるまで練習した。
練習時間が4時間に及ぶ事があった。
恋愛の機微を表現する歌唱法を叩き込まれた。
レッスンの後のバナナやストロベリーパフェが唯一の楽しみだった。
レッスンが嫌で家出しようとした事があった。
レッスン以外の時間の鼻歌にもダメ出しされた。
・扁桃腺が腫れて40℃の熱が出たが手術をすると声が変るので父親が許してくれなかった。
・中学時代、あだ名は「ダッコちゃん」だった。
■瀬川瑛子
□私生活①
・好物…焼きふぐ。フォアグラ。マグロ。
海鮮焼きビーフン。白菜のうま煮。
ナス(大好物)。漬物(自宅にぬか床)。
モッツァレッラチーズ(大好物)。
ストロベリーパフェ。甘いもの。
・酒は飲めない。
・健康法…にんにく卵黄(自分で作る、毎日飲む)。フットマッサージ。
筋トレ(1日30〜40分=13.04現在)。散歩。
・美容法…顎の下を手で叩く(小顔になる)。
・デビュー3年目に過労による神経性胃炎で2ヵ月入院した。
・店の段差に躓いて転倒して右足首を骨折(=15年)。
・ぎっくり腰で動けなくなった事がある。
・様々なダイエット法を試した事がある。
・一番太っていた時の体重は72㎏。
・猫舌。
・露天風呂が大好き。
・物忘れが激しい。
飲んだばかりの薬をもう一度飲もうとした事がある。
・箸の使い方が下手。食べ物をよくこぼす。
・電化製品の操作が大の苦手。ビデオの予約録画ができない。
・家事が苦手。特に片付けが苦手。ゴミの分別が苦手。
・泳げない。海で2回溺れかけた事がある。
・好きな音楽…アメリカンポップス(ニール・セダカ、ポール・アンカなど)。
・韓流ドラマが好き。
・オセロゲームが好き。
・モノを数える癖がある。
・帽子が好き。特にテンガロンハットが好き。
・私服が派手(父親の教え)。
・ペット…
犬(ヨークシャーテリア4匹、名前はココとキティとヒットとミリオン=97.03現在)。
・住んでいる所…東京都目黒区(築20年以上、一軒家=14.05現在)。
※「くれない御殿」と呼ばれている
■瀬川瑛子
□私生活②
・いきつけ…
「すぱじろう 中目黒店」(=14.08現在)。
「大戸屋」(=14.08現在)。
「ビストロ・ド・凧」(奥沢、揚げ物がおいしい、夫と一緒によく行く=12.06現在)。
「板忠」(赤坂、天丼1500円)。
「大友」(赤坂、ふぐの名店)。
フレンチカフェ「ブルターニュ」(神楽坂、リンゴのクレープがおいしい)。
「天元整体院」(五反田)。
・オープンカフェが好き。
・英会話、ジャズダンスを習った事がある。
・パチンコが大好き。10時間打ち続ける。やりすぎで腱鞘炎になった事がある。
中目黒のパチンコ屋によく行く。購入したパチンコ台が自宅リビングにある。
・麻雀が強い。盲牌ができる。
・旅行のパンフレットを観て空想で海外旅行をするのが好き。
・スピードくじが好き。1万円当たった事がある。
・よく願掛けをする。
・夏が好き。
・新婚旅行で身内やスタッフなど総勢28名でハワイに行った。
・近づいて来た知らない人をファンだと思って挨拶したらチカンだった(コートの中は全裸)。
・自宅に空き巣に入られた事がある。
・多摩川上空を飛ぶUFOを見た事がある。
・母親が他界した2週間後に父親が他界(=04年)。
・姉は70歳で他界。
・夫は家事全般が得意。
■瀬川瑛子
□人間関係
・梅沢富美男…親友。梅沢の自宅でよく麻雀をする。
・松原のぶえ…友人。パチンコ仲間。同じパチンコ屋に行く。
・美川憲一…友人。同じレコード会社。
瀬川が売れない頃によく美川からプレゼントを貰った。
・和田アキ子…友人。毎月会う。パチンコ・麻雀仲間。
・コージー富田…友人。麻雀仲間。
・高中正義…子供の頃に隣に住んでいて一緒に遊んだ(高中は覚えていない)。
・山本文郎、泉ピン子…中学校の先輩。泉は1年先輩。
・小池栄子…世田谷区立代沢小学校の後輩。
・北島三郎…子供の頃に函館で北島のステージを観た。
瀬川の曲「あなたが命」を作詞作曲プロデュース。
・古谷一行…デュエット曲「地球最後の日」をリリース(=98年)。
・うつみ宮土理、岡本夏生、神野美伽、黛ジュン、山本リンダ
…うつみがプロデュースしたコンサートで共演。
・栗田貫一、徳井義実、井川遥、ギャル曽根、坂本冬美、清水ミチコ、
富永み〜な、森昌子、山田邦子…瀬川のモノマネができる。
・金城武…憧れている芸能人。ドラマ「ゴールデンボウル」で共演。
・笑福亭鶴光…瀬川のファン。
・平田義政…17年間担当して貰っている美容師(=02.12現在)。
※「ウチくる!?」に出演(=02年)
・姿憲子…歌手。デビュー当時からの親友。
一緒に地方キャンペーン。実家によく遊びにく。
※「ウチくる!?」に出演(=02年)
・牛尾眞造…デビュー当時のディレクター。
デビュー曲のキャンペーンで一緒に全国を廻った新人時代に牛尾に憧れていた
(誘われた時に備えてレースの勝負下着を持って行ったが誘われなかった)。
※「ウチくる!?」に出演(=02年)
・姉・純子…元歌手。会社経営者に嫁いだ。売れない時に姉に援助して貰った。
・元夫…所属レコード会社の営業マン。72年結婚、86年離婚。
・清水武…バックバンドのドラマー。99.09.27目黒区の大島神社で挙式。7歳年下。
■瀬川瑛子
□エピソードなど
・中学生の頃から姉と一緒にジャズ喫茶で歌っていた。
・高校を中退してクラウンレコードと契約して歌手デビュー。
・デビュー当時のキャッチコピーは「ジャンボ瀬川」。
・デビュー当時、「大きい女性歌手は売れない」というジンクスがあった。
「君はテレビには出れないね」と言われて傷付いた。
・「長崎の夜はむらさき」がヒットした時に「長崎県出身」と詐称していた(=70年)。
・独立して瀬川瑛子事務所を設立(=83年)。
独立後にギャラを少し値上げしたら仕事が減って事務所の経営は一時は自転車操業だった。
・「命くれない」がヒットするまで17年売れない時期が続いて「潜水艦歌手」と呼ばれた。
その間毎年新曲を出して全国をキャンペーンで廻っていた。
・「命くれない」はイニシャルオーダー(初回注文)が1860枚しかなかった。
※当時の演歌の通常のイニシャルオーダーは最低5000枚
・演歌歌手として史上初の親子2代紅白出場。
・25周年記念リサイタルで黒のシースルー姿でアン・ルイスの「六本木心中」を歌った。
・牛の鳴き声、森進一、和田アキ子のモノマネができる。
・本番直前に取れた指し歯をボンドで付けてコンサートをやりきった事がある。
・ダイエット本「リバウンドなしの10キロダイエット」を出版(講談社=99年)。
・ドラマ「オー!マイ・ガール!!」に本人役で出演(=08年)。
凡例:20.01現在=2020年1月現在