■渡辺美里(わたなべ みさと)
□肩書き
歌手
□本名
渡辺美里
□生年
1966(昭和41)07.12(蟹座/O型)
□出身地
東京都
□出身校
都立松原高校
□略歴(満年齢)
85年(19歳)「I'm Free」でデビュー。
86年(20歳)「My Revolution」がヒット。
05年(39歳)紅白歌合戦初出場。
※他の主なシングル:
「悲しいね」「恋したっていいじゃない」「虹をみたかい」
□趣味
映画観賞 スポーツ観戦(プロ野球、サッカー、ラグビー)
アロマテラピー 旅行 ジョギング 空手
■渡辺美里
□幼少時代〜
・弟がいる。
・ものごころついた時から歌うのが好きだった。
いつでもどこでも歌っていた。
子供用のワイヤレスマイクを使っていた。
・10歳の時、「将来歌手になる」と決意した。
・11歳から16歳まで先生についてボイストレーニングのレッスンを受けた。
声帯を開く為に水を入れた風船を呑み込んで7オクターブの声が出るようになった。
中学時代は特待生として月謝免除だった。
・中学時代、イジメられっ子をかばってクラスで浮いてしまった。
イジメっ子に命令されているのを知っていながらイジメられっ子を叱る先生に抗議した。
・中3の時、受験勉強の為に学習塾に通った。
・高校時代、ボイストレーニングの月謝を払う為にアルバイトをした。
・高校時代、ラグビー部のマネージャー。
・子供が大好きだったので歌手が無理なら将来保母さんになりたいと思っていた。
■渡辺美里
□私生活
・好物…ミックスフライ定食。玄米餅(ライブの直前に食べる)。坦々麺。
鮭はらす(函館「道南食堂」から取り寄せる)。
ドライフルーツ(大好物)。コーヒー。
・酒が好き。好きな酒は日本酒。
・健康法…ビタミン剤。カルシウム(牛乳に溶かして採る)。
プロポリス。緑茶。豆乳。縄跳び。ウォーキング。
・急性声帯炎を患った(=96年)。
コンサート中止。2週間自宅で声を出さず音を聴かずに静養。
・体力つくりの為にボクシングをやっていた(一番ハマった時は週4回)。
・風邪気味な時はプロポリスでうがいをする。
・歌っているうちにどんどん胸板が厚くなった。
・長風呂が好き。
・アロマが好き。
・荷作りが苦手。
・子供向けの英語番組「セサミストリート」が大好き。
・テレビ番組の占いコーナーを気にする。
・バッグが大好き。
・モノを捨てるのが苦手。
・ペット…犬(ヨークシャーテリア、名前はリュウ、11歳=12.11現在)。
・両親と同居中(=04.07現在)。
・いきつけ…
定食屋「三河屋」(西麻布、15年通っている=15.09現在)。
小料理屋「安兵衛」(京都、20代の頃から通っている=15.09現在)。
ラーメン屋「Jeeten」(代々木上原)。
・空手を習った事がある。
・スタジアムでのスポーツ観戦が大好き。
・プロ野球12球団それぞれに好きな選手がいる。
・座右の銘…「Don't think,Feel.」。
・人見知りが激しい。
・間違い電話だとお互いに気付かず10分以上話した事がある。
・母親と仲が良い。一緒に旅行や買物に行く。
・10代の頃は「血を吐きそうな売れない小説家」と19歳で結婚したいと思っていた。
・イタリア・ベニスで「僕は日本人女性と結婚するのが夢だったんだ」とナンパされた。
■渡辺美里
□人間関係
・羽田美智子…親友。一緒に旅行に行ってひとつのベッドで寝た事がある。
・森公美子…親友。電話で3時間話す。
・大江千里…友人。よく一緒に食事する。
高校時代に大江の詞の清書のアルバイトをしていた。曲を提供して貰った。
・長島三奈…友人。一緒に食事する。
・小室哲哉…本音で話せる友人。「My Revolution」を作曲。
西武球場の初ライブの時にバックバンドでキーボードを演奏。
・松本志のぶ…友人。
・NOKKO(レベッカ)、中村あゆみ…デビュー当時のライバル的存在。
・網浜直子、松本典子…第3回ミスセブンティーンコンテストグランプリ。
・工藤静香…第3回ミスセブンティーンコンテスト特別賞。
・高倉健…渡辺のライブビデオを見た感想を書いた手紙を貰った。
・小坂洋二…プロデューサー。
・猿岩石…「My Revolution」をカバー(=99年)。
・沢田研二…小学生の頃から沢田に憧れている。
・山口智充…憧れている芸能人。
コンサートにゲスト出演して貰って一緒に歌った。
・関根勤…好きなタレント。
・ジョージ・クルーニー、川島永嗣、山口智充…好きなタイプ。
・ラモス瑠偉…渡辺のファン。コンサートに来る。
■渡辺美里
□エピソードなど
・第3回ミスセブンティーンコンテストで最優秀ボーカル賞を受賞(=84年)。
・エピックソニーとの契約時に「エピックソニーを背負う女性歌手になります」と宣言した。
・デビュー当時から全ての面でセルフプロデュースを心かげていた。
・デビュー当時のキャッチフレーズは「ロックを母乳に育ちました」。
・レコーディングの時に超高感度&超ワイドレンジの高性能マイクを使う
(普通のマイクは性能不足)。
・誰かに作曲して貰う時は作曲家のピアノ伴奏にあわせて歌いながら意見をぶつけて曲を作る。
・西武球場での夏のコンサートを20年連続で開催(=86年〜05年)。
最初の西武球場のコンサートは女性ソロ歌手として初の球場コンサート。
短く切ったジーパンで会場入りするといいステージになるというジンクスがあった。
休憩なしで3時間歌い続ける体力をつける為に毎年2〜3ヵ月前から自主トレをした。
大雨と雷で中止になった事がある(屋根が出来る前)。
毎年臨時列車が40本運行された。99年から臨時託児所が設置された。
・コンサートで自分の声が響きすぎて体が痛む事がある。
・持ち歩いているサイン帳に有名人・一般人を問わず気にいった人に何か書いて貰う
(サイン、絵、一言、電話番号など)。
・自らを「全身全霊歌手」と呼ぶ。
・完全にひとりっきりでないと作曲ができない。
・モノを考える時は首の後ろの血管がプチッと音を立てるくらい集中する。
・エッセイ集「ロックのハート」を出版(ソニー・マガジンズ=96年)。
・日本シリーズ第3戦(西武球場)で「君が代」を斉唱(=98年)。
・ニューヨークとロサンゼルスでボイストレーナーに付いて発声練習をやり直した(=99年)。
・フルオーケストラのコンサートを開催(=99年)。
・映画「世界の中心で、愛をさけぶ」にラジオのDJ役で出演(=04年)。
・テレビアニメ「ドラえもん」の主題歌を歌った(本人役で本編に登場=06年)。
・家族連れで来るファンの為にコンサート会場にファミリーシートや託児所を設置。
・ライブでフルオーケストラとコラボしたり童謡のカバー曲などを歌ったりする。
・ライブ前日は酒を飲まない。
凡例:18.01現在=2018年1月現在