山本コウタロー

山本コウタロー


■山本コウタロー(やまもと こうたろー)

 

□肩書き

 歌手 タレント 作曲家 音楽プロデューサー

 

□所属グループ

   ソルティー・シュガー

 山本コウタローとウィークエンド

 

□本名・別名

 山本厚太郎

 

□生年

 1948(昭和23)09.07(乙女座)

 

□没年

 2022(令和04)07.04(享年73)脳内出血

 

□出身地

 東京都千代田区

 

□出身校

 千代田区立麹町中学校

 東京都立日比谷高校

 一橋大学社会学部卒業

 

□略歴(満年齢)

 74年(26歳)山本コウタローとウィークエンドのシングル「岬めぐり」がヒット。

   89年(41歳)テレビ「おもいっきりテレビ」初代司会。

 89年(41歳)テレビ「CNNデイウォッチ」キャスター。

 ※他の主な出演など:

  ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」

  テレビ「笑っていいとも!」「達人たちの玉手箱」

  楽曲「落ち葉の舗道」「東京の詩」

 *楽曲は山本コウタローとウィークエンド

 

□趣味

 農業

 

□特技

 ギター


■山本コウタロー

 

□幼少時代〜

・姉がいる。

・小学校時代、音楽好きの姉の影響で音楽好きになった。

・中学時代、アメリカン・ニューフォークに傾倒した

 (キングトントリオ、ジョーン・バエス、PPMなど)。

・高校時代、プロテストソングに傾倒した

 (ウディ・ガスリー、ボブ・ディランなど)。

・高校時代、フォークバンド(ソルティー・シュガーの前身バンド)を結成して文化祭で歌った。

・東大受験を志していたが東大紛争で入試中止。

 

□私生活

・健康法…玄米。野菜スープ。有機栽培野菜。

・伊豆にある3000坪の農園で不耕起自然農法で約80種類の作物を栽培。

 食べ物の安全性を追求した結果「自分で作るしかない」という結論に至った。

 著書に「耕せコウタロー」がある。

・ジーパン、デイパックを愛用。

・約2年間アメリカに住んでいた(=78〜80年)。

・東京ヤクルトスワローズの大ファン。

 神宮球場の年間パスポートを所有。


■山本コウタロー

 

□人間関係

・角野卓造…親友。中学の同級生。バンドを組んた事がある。 

・なぎら健壱…友人。

・井之上隆志、角野卓造、佐藤B作、村田雄浩、山本コウタロー

 …ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」で共演。

 渡鬼おやじバンドとしてシングル「熟年援歌どうだ節」をリリース(=08年)。

・テリー伊藤…テリーが大学時代にプロデュースしたフォークコンサートに出演。

・池田健吉…ソルティー・シュガーのメンバー。高校の同級生。

 「走れコウタロー」のレコードリリース直前に急性心不全で急死(享年21)。

 「走れコウタロー」の超早口競馬実況パートを担当していた(池田他界後は山本が担当)。

・佐藤敏夫…ソルティー・シュガーのメンバー。

 ソルティー・シュガーというバンド名の由来(佐藤敏夫=砂糖と塩)。

・山本コウタロー、森一美、オラン本柳、見崎孝雄

 …山本コウタローとほぼウィークエンドのメンバー。

 森はオリジナルメンバー。見崎は以前のウィークエンドのマネージャー。

 森の猛烈な指導でコンサートに向けて楽器を特訓した(再結成後)。

・さかなクン…顔が似ているとよく言われる。

・ザ・フォーク・クルセダーズ…高校時代に影響を受けた。

・橋田寿賀子…山本のファン。

 山本のコンサートを見た橋田に口説かれてドラマ「渡る世間は鬼ばかり」に出演。

・吉田真由美(DJ、映画評論家)…私生活のパートナー。


■山本コウタロー

 

□エピソードなど

・大学在学中にフォークバンド「ソルティー・シュガー」を結成(=69年)。

 大学卒業と同時に解散(=72年)。

・新宿のうたごえ喫茶などで歌っていてスカウトされてレコードデビュー。

・ソルティー・シュガーのデビューシングル「ああ大学生」は3000枚しか売れなかった。

・ソルティー・シュガーのシングル「走れコウタロー」は100万以上のヒット。

・「走れコウタロー」は遅刻癖がある山本をからかう為に

 メンバーが作った戯れ歌(サビ部分)を膨らませて作った。

・ラジオ「パック・イン・ミュージック」金曜1部パーソナリティ(=71年〜)。

 ※金曜2部の担当は吉田真由美(私生活のパートナー)

・山本コウタローとウィークエンドを結成(=74年)。

・「岬めぐり」は数分で曲ができた。

・白鴎大学非常勤講師に就任(=86年)。

・広島の平和コンサートを毎年プロデュース(=86年〜)。

・ちきゅうクラブを結成して参院選比例代表区に立候補(落選=89年)。

・音楽制作者連盟アーチストクラブ常任顧問、芸能実演家団体協議会理事を務めた。

・作曲家や大学教授の仕事の際は本名(山本厚太郎)を使う。

・地球環境問題に興味関心がある。

 1970年頃の公害問題をきっかけに勉強を始めた。

 ブラジルで開催された地球環境サミットに参加(=92年)。

 全国で地球環境問題をテーマとした講演を開催。

 白鴎大学で「地球環境問題」を講義。

・白鴎大学の経営学部教授に就任(地球環境論、マスコミ論などを担当=99年)。

・著作権(特に報酬請求権)に興味関心がある。

・男女共同参画、食・農の問題、教育問題、平和問題に関して講演を行う。

・一部メンバーを入れ替えて「山本コウタローとほぼウィークエンド」として再結成(=05年)。

 ショッピングモール、駐車場、盆踊り会場で歌った。

 ニューアルバムをリリース(=07年)。

・「岬めぐり」が京急三崎口駅の電車到着案内チャイムに採用された(=08年)。

・白鴎大学の野球部長に就任(=10年)。

凡例:20.01現在=2020年1月現在